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谷口正和 プロフィール

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2017年7月31日

水の国を考える 嘉田由紀子

 


 

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琵琶湖周辺の集落では、昭和30 年代には16%の集落で琵琶湖や河川の水を直性に飲み水にしていました。その理由は、当時、し尿をはじめ、汚水を一滴たりとも河川や湖に流さなかったからです。米の研ぎ汁やナスのヘタなども溜めておき、牛などの家畜の餌にしたり、畑に持っていき、風呂の落とし水ですら川に流さず、尿と一緒に畑に撒いていました。「もったいない」と栄養分を使い回しをした、これが「伝統的用排水システム」です。

しかし、高度成長期以降、このシステムは崩壊してしまいました。その根源は、トイレの水洗化です。近代住宅の登場により、汚水をすべて川に流してしまう住宅が日本中に広がっていきました。この時期を境に汚い水を川や琵琶湖に流さないという観念が失われてしまったのです。

一方、日本には「神仏習合」の思想があります。土着文化を排除するのではなく融和するというこの思想は、多様化が叫ばれる現代社会において重要な意味を持つと思っています。

私も滋賀県知事として、原発の危険性を訴え「卒原発」の暮らしを提唱しても何も変わりませんでした。人と水、人と自然との共生を社会に融和させていくため、「琵琶湖の番人」として私は毎朝琵琶湖から昇る朝日に手をあわせ、琵琶湖の水を飲むことを日課にしています。神仏習合の思想を貫き、地域循環型の「もったいない」サステナブルライフを構築しながら、比良山の向こうの若狭湾岸の原発を監視していきたいと思っています。電源の代わりはあっても琵琶湖の代わりはありません。

[2016 年4 月1 日発行『構想の庭』第2 号 再録]

日本各地には、それぞれ独特の文化があり、個々の価値を持っています。私はそれを「文化資源」と呼んでいます。文化資源は歴史と伝統がつくりだし、日々、堆積していくものです。それが熟成し、やがて発酵していきます。それは、独特の匂いを発しますが、その癖のある匂いも徐々に芳醇な香りとなって深みのある味わいを醸し出していきます。その香りこそが地域に眠る財産であり、その価値をヨソモノが発見してくれます。日本はすでに成長期を終えた社会です。これからの高齢化や人口減少を考えたとき、ヨーロッパのような熟成感のある滅び方を考える必要があります。国民国家の歴史はたかだか2世紀余り、国家が滅びても都市は生きのびるでしょう。京都はそういう生きのびる都市のひとつでしょう。
これまでのやり方では通用しない、ギアチェンジしなければならないのに、今の日本にはそのための動機付けとなる危機感が不足しているのではないでしょうか。戦略的な視点から、利用可能な文化資源を最大限活用した地方や都市の経営を推進していってもらいたいものです。
[2015年8月1日発行『構想の庭』第1号  再世界は、もはや「グローカル」という新しい時代に突入していると思います。今、物ではなく体験が売れる時代です。それは、訪れた観光客が文化体験を購入していることからも明らかです。それが、いまの時代の商品です。そういった豊富な商材を持ち合わせているのが、地方です
 

嘉田由紀子(かだゆきこ)

1950 年埼玉県生まれ。京都大農学研究科博士課程、ウィスコンシン大学大学院修了。農学博士。滋賀県立琵琶湖博物館総括学芸員、滋賀県知事などを経て、現在、びわこ成蹊スポーツ大学学長。環境社会学者。著書は『知事は何ができるのか――「日本病」の治療は地域から』『いのちにこだわる政治をしよう!』(ともに風媒社)など多数。

 

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