健康長寿に向けての個人の取り組みは、いろいろな研究がありますが、昔から言われている「食・運動・交流」が重要です。どれか1つではなく、全部です。今日は食について申し上げます。高齢者になると食の重要性が増してきます。食べることは楽しみであり栄養ですが、機能食などけっして栄養面だけではなく、食にはいろいろな機能があることを認識していただきたいです。
長寿社会の街づくりを、コミュニティで社会実験をしています。住宅、移動、医療、リタイアの受け皿問題などいろいろな実験をし、さらにそうした介入を評価しながら続けています。主要な領域は「人のつながり」「就労・社会参加・生きがい」「包括的医療・介護システム」「住宅」「移動手段」「情報システム」という分野で、首都圏のごく平均的な街である千葉県柏市と地方の福井県福井市、被災地の福島県大槌町で行っています。
柏市の豊四季団地はURが1960年代の高度成長期に、大きな団地を建てました。団地は5階建てでエレベーターがなく全室2DK。新しい建物は10階あるいは14階建てで、エレベーターがありバリアフリーです。高層化したことで空き地ができます。そこを利用して長寿社会対応の街づくりをしようとしています。例えば医療・介護・リハビリ・在宅ケアなど、在宅医療の拠点。また1人暮らしの高齢者や通勤に忙しい夫婦、学童などがいっしょに食事ができる食堂(コミュニティ・ダイニング)などを作ろうと仕掛けています。
ここの理念の1つは「全員参加、生涯参加」。前述のとおり課題の1つに「いかに自立期間を長くするか」がありました。聞き取り調査でも多くの人は、60歳のリタイア後も元気であり、知識・経験・スキル・ネットワークをお持ちです。しかし「コミュニティには知っている人がいない、何かしたいが何をしていいかわからない、ボランティア活動は敷居が高い」という声もあります。それでも参加する人は1割いますが、9割の人が家でテレビを見てゴロゴロしたり、散歩をしたりという生活。そうすると脳も筋肉もすぐに衰え始めます。そうした方々に家から外に出て、人と交わって活動してもらいたいのです。1番敷居が低くて外に出やすいのは、働く場があることとおっしゃいます。でも満員電車で通勤する生活はしたくない。
そこで、歩いて行ける就労の場を作ろうと、いま7つの事業を立ち上げています。休耕地を利用した都市型農業や団地敷地内を利用したミニ野菜工場、団地の屋上農園、コミュニティ食堂、移動販売・配食サービス、保育・子育て支援事業などです。ポット栽培なら車椅子でも働ける場になります。弱っても働きたいという気持ちがあれば、1週間に1回でも外に出て人と交わり、働いてお金を得る生活ができる環境づくりです。
同時に、新しい働き方の開発・普及を準備しています。就労者は「月水金だけ、午前中だけ」と自分で時間を決めて働き、雇用者側も「雨天の場合は人がいらない」というのもOK。大きなワークシェアリングのプールをつくり、それをマッチングしていきます。クラウドコンピュータシステムを用いた技術開発を使い、フレキシブルな働き方を支援できるので、雇用者にとっても働く人にとっても、より良い働き方になります。旅行やゴルフをしながら働け、年金プラスの収入で生活に余裕やハリができます。
また、高齢者が働き続けるために「軽労化技術」というテクノロジー開発をしています。例えば農業では中腰作業が大変ですが、これを軽くするための簡単な装置を大学と企業が連携して開発したものを私たちがテストしています。またLED照明は自然光に近づけることに一生懸命ですが、長寿社会にはもっと違うニーズがあり、はっきり見える電灯がほしいのです。ある企業ははっきり見えるLED照明を開発しました。文字も段差も良く見えます。視力の衰えを技術で補います。
このようにみんな元気で、外に出かけられる環境をつくれば、いろいろなことができるわけです。もう1つ聞き取り調査で上がる多くの声が「これまでの生活を来月も、来年も、10年後もしたい」と。楽しかったことを楽しみたいし、好きだった食べ物を食べ続けたい。例えば男性は血糖値が高くなり酒をストップされると寂しく、元気がなくなります。ビールに近づけるのではなく、ビールよりおいしいノンアルコールビールを開発してほしいです。高くても買いたいものをつくっていただきたいとビール会社にお願いしています。
「高齢化市場の捉え方」として、1割の虚弱なシニア(要介護)と1割の裕福なシニア(富裕層)だけでなく、8割の普通のシニアに目を向けましょう。いまの90歳代の人たちは、90年も生きるつもりがなかったので準備をしていませんでした。でも団塊の世代は自分の親を見てこれから30年あると考え、長い老後の準備をします。自分が安心して快適に、これからの30年を過ごすためには、ある程度の投資をしても良いという、初めて準備する世代です。だから堅実です。
最終的には「長寿」「健康」「経済」の3つを結び、回るようなシステムをつくっていくことが、私たちの持続可能な長寿社会の課題であり、また可能性であると思います。
【Profile】 あきやま・ひろこ
イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging)フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)、日本学術会議副会長などを経て、現在、東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20数年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は首都圏と地方の2都市で長寿社会のまちづくりの社会実験に取り組む。長寿社会におけるよりよい生活のあり方を追求。
テーマも、疾病、障害など高齢期のネガティブな側面に焦点が当たっていましたが、実際は8割は健常者。現在は、普通の高齢者の生活の質をいかに健康で豊かにするか、という高齢期の可能性を追求するポジティブな側面にフォーカスされています。
私の専門である心理学から1例を紹介します。誤った「発達と老化」の通念です。人間の能力の発達曲線をみると、生まれたときは走ることも計算もできませんが、20歳くらいまで急速に発達し、その後はそれを維持しながら、だんだんと低下していくと、40年前にこのように習いましたが、詳しく研究していくと、けっしてそうではない。
「認知能力の年齢による変化」をみると、例えば電話番号など“短期記憶能力”は年齢とともに下降線をたどりますが、“言語(語彙)能力”は年をとっても伸び続け、語彙は増えるのです。もっと大事なのは“日常問題解決能力”。私たちは日々の問題を解決しながら生きており、そのときいろいろなことが必要です。情報を処理する能力も必要です。長く生きてきた間に経験したことは頭の引き出しに入っており、問題が起こったときそれをうまく引き出して使えることも大切です。人間関係の経験も需要です。私たちはそうした能力を総合して日々、問題解決をしています。こうした問題解決能力は、高齢期まで伸びると言われています。
逆に非常に早くから落ち始める能力もあります。例えば人は、人間の顔と猿の顔を同じくらい正確に弁別する能力を持って生まれてきますが、1歳になると人間の顔は弁別できても、猿の顔は弁別できなくなります。また生まれたときは世界中の言葉の音声を弁別できる能力を持っていますが、日本語の環境で2年も育つと、RとLを弁別する能力は失います。使わない能力は落ちるというわけです。
つまり、“人間の能力の変化は多次元で多方向”なのです。「多次元」とはいろいろな能力があること、「多方向」とはある年齢(例えば70歳)になると、まだ伸びている能力もあるし、低下している能力もあること、を意味します。
その中から分析結果の1つを紹介します。健康調査の中に「生活自立度」の質問があります。「お風呂に入る、短い距離を歩く、階段を2,3段上がる」など、ごく日常生活の動作が1人でできるか、杖や人の助けが必要かを聞いています。また「日用品の買い物をする、電話をかける、バスや電車に乗って外出する」と、日常のアクティビティも1人でできるかを聞いています。
分析した結果、男性には3つのパターンがありました。約2割は70歳までに生活習慣病で亡くなっています。約1割強が、80~90歳になってもお元気。残りの7割は70歳代半ばまでお元気で1人暮らしもでき、そのあと助けが必要に。べつに要介護というわけではありません。女性の場合は、1割強が70歳になる前に亡くなるか、重度の介護を必要とする人がいます。残りの女性は70歳代前半までは元気で、そのあと援助が必要になってくるということがデータからわかります。
ちなみに、厚生白書の【老後の自立生活時間の長さ】の図をみると、65歳以降の年数(男性は20年、女性は25年)の約90%は、自立しています。年齢なりに元気で生活している期間が9割なのです。人生は長く、要介護の期間は長くないということです。
では私たちは何をすべきでしょうか。1つは「無理なく楽しく健康寿命を延長」すること。自立期間を長くするのです。人に頼らずに生きていける期間が長いわけですから、個人にとっても幸せなことであり、同時に社会にとっても、元気であれば生産活動にも従事でき、医療費・介護費抑制にもつながるので重要です。
2つ目は「弱っても住み慣れた所で、安心で快適に生活できる環境を整備」することです。男性の7割、女性の9割のニーズに目が向いていません。3つ目は「人のつながりをつくる仕掛けづくり」が必要だと思います。個人の努力と、社会の仕掛けづくりと両面でやっていかなくてはいけません。
【Profile】 あきやま・ひろこ
イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging)フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)、日本学術会議副会長などを経て、現在、東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20数年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は首都圏と地方の2都市で長寿社会のまちづくりの社会実験に取り組む。長寿社会におけるよりよい生活のあり方を追求。
私が学生だった頃の教科書には、人生の区分は第一期「子ども」第二期「大人」第三期「老人」でした。ところが“寿命革命”によって、新しいライフステージが与えられました。新しい人生区分は第三期「前期高齢者」第四期「後期高齢者」。もしかすると第五期ができるかもしれません。
個人差は大きいですが、第四期は年齢にすると75~80歳くらいからです。もちろん昔から80歳、90歳の方はいらしたのですが、1950年頃は稀でした。ところが、現在では普通に生きて70~80歳です。しかも、第四期の体と心の変化、生活のニーズについてあまり理解されていませんし、必要なモノやサービスもできていません。後期高齢者はほとんどの人が、認知症か要介護かという誤った印象を持たれています。私は心外です。ほとんどの人が、普通の生活をして年令なりにお元気なのです。大きなマーケットの開拓の余地があるのに、目を向けられていません。
長寿社会の課題は2つあります。1つは個人の、もう1つは社会の課題です。
まず個人の課題ですが、人生50年から90年と倍近く長くなり、ワンパターンの生き方から多様な人生設計が可能になりました。以前と異なり、いまは「結婚する、しない」「子どもを産む、産まない」「転職する、しない」なども含め本人が選択します。自分の人生を自分で設計して生きていく時代になったのです。しかも、90年あります。多様な人生設計、多毛作人生も可能です。キャリアは1つだけでなく、例えば40代で大学に入り直して、第2の人生を迎えることもできます。まったく違うキャリアを2つ行うことも可能です。
もう1つは社会の課題。現在の社会インフラ・制度ができた頃は若い人が多く、人口はピラミッド型をしていました。ところが現在は4人に1人が高齢者。都市計画や建物などハードのインフラだけでなく、医療や福祉、教育なども含め、ソフトのインフラのつくり直しをする必要があります。
【Profile】 あきやま・ひろこ
イリノイ大学でPh.D(心理学)取得、米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging)フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)、日本学術会議副会長などを経て、現在、東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20数年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は首都圏と地方の2都市で長寿社会のまちづくりの社会実験に取り組む。長寿社会におけるよりよい生活のあり方を追求。
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