2012.4.26更新
トムズボックス 土井章史さんに
絵本にまつわるいろいろなお話を
うかがいました!
東京・吉祥寺にある、
絵本好きなら一度は足を運んでみたい”聖地”、
それが「トムズボックス」です。
毎月「トムズボックス 今月のミニギャラリーのご案内」
を掲載しているので、皆さまにはお店の名前は
十分伝わっているかと思います。
実際にどんな絵本屋さんなのか
本日はじっくりご紹介したいと思います。
トムズボックスオーナーの土井章史(どい・あきふみ)さん。
これまでに300冊以上の絵本を企画・編集。
また、絵本ワークショップを開催したり
美大生に絵本の講義をしたりと
新人の発掘や養成にも力を注いでいます。
トムズボックスはJR/京王井の頭線 吉祥寺駅北口徒歩7分
営業時間/11:00~20:00 定休日/木曜
〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-7
TEL&FAX 0422-23-0868
http://www.tomsbox.co.jp/
お店は、「カレルチャペック紅茶店」の店内を通り抜けないと
たどりつけないという、はじめから訪れる人を
緊張感と期待感でいっぱいにしてくれる立地。
そして一歩店内に足を踏み入れると、小さいスペースが
無限大に広がっていくような不思議な空間。
そう、子どもの頃大好きだった”駄菓子屋さん”みたいに
得体の知れない深い面白みがある絵本屋さんなのです。
「トムズボックス」入口。
「カレルチャペック紅茶店」の店内を
いいのかな、と恐縮しながら通り抜けて
たどり着きます。
アプローチの段階からドキドキ!
大事なのは、子どもと親がスキンシップをとること。
絵本はそのためのツールのひとつ
—土井さんと絵本との関わりはいつからですか?
土井:絵本を好きになったのはおとなになってから。
1980年頃、毎日新聞社系のムックで「昭和の漫画大図鑑」
というものを企画・編集した際に、漫画家としての長新太さん、
井上洋介さんに初めて出会った。
不思議、ナンセンス、なんじゃらほいという内容の漫画でね、
面白いなあと彼らを追いかけていたら、彼らは絵本も描いていた。
その絵本もめちゃめちゃ面白かったから、
それ以来ずーっと、長さん、井上さんを追いかけてきたんです。
長さん、井上さんを頂点に追いかけていると
その裾野に片山健さん、スズキコージさんといった
どちらかというと絵本の世界でもクセのある絵を描く人たちが
どんどん入ってきて、裾野がどんどん広がっていって、
こういうふうになっちゃったというところがある。
おとなの僕が初めて絵本を読んでワクワクドキドキしたわけだから、
ほかのおとなの人にとっても絶対にいいことだと思った。
—子どもは「もっと読んで」「もっと、もっと」
と大好きな絵本ばかりを何度も催促しますよね?
そんな感じでした?
土井:そう、子どものときのワクワクドキドキ感というものに、
絵本を通じて戻れるんだよね。
ものを創作する作業というのは、そのワクワクドキドキ感がないと面白くない。
みんな子どものときに絵本を読んだり経験を通じて感じたことなのに、
おとなになると、それを封じ込めて社会に順応して
いつしか忘れちゃってるんだな。
長さんの言葉で「上等なおとな」というのがあるんだけれども
自分の中にちゃんと子どもの部分を残しているおとなが「上等なおとな」。
だから僕は、フリーの編集者としては子どもの本のエンターテインメント
という感じで絵本を作っている。
自分の中の子どもが面白いと思う本を作ろうとしてやっています。
—前に読んだ土井さんのインタビュー記事で、
「おとなが子どもに知恵を授けるような絵本の選び方は良くない」
「子どもが絵本を選べる年齢になったら、『これ好き』というものを
選んであげてほしい」とおっしゃっていましたね?
土井:それは長さんの言葉をそのまま使っただけ。
今、子どもに選ばすと
「アンパンマン」ばっかり選ぶかもしれないけれど(笑)。
僕が好きな長さんや井上洋介さんの絵本を選ぶのは、
子どもが10人いたら1人か2人かもしれない。
かもしれないけれど、1人か2人
そんな子どもがいたら楽しいなと思うわけです。
—子どものときに、絵本の楽しさを知ることができるのはいいですね。
私が子どもの頃は今ほど絵本作家さんがたくさんいたわけではなく、
幼稚園で毎月配られる「こどものせかい」(至光社刊)を
楽しみにしていたぐらいです。
あとは日本の昔ばなしやイソップ、グリムなどの有名なお話の
絵本だけでした。
土井:僕らの時代はそうだったよね。
僕はばあさん子だったので、夜寝るときにはばあさんのふとんに入って
ばあさんから「浦島太郎」を聞いたりしていた。
ばあさんのにおい、ばあさんの肉声の中から昔ばなしを聞くという
絵本に代わるいい文化があったわけだ。
ある意味では絵本がそういう日本人が長い年月、脈々とやってきた
昔ばなしの文化をなくしちゃったのかもしれない。
絵本は完全に子どもにとっていいものだよ、という見方で
戦後児童書の出版社は売ってきたわけだけれど
どんなものにも功と罪はあると思う。
—たしかに、絵本の読み聞かせについて
さかんに言われだしたのは昭和の後半からですね。
土井:本来は家族が小さい子どもにそらで物語を語ってあげて、
それがいいスキンシップになっていたんだよね。
寝床なんて最高だった。
—最近はデジタル絵本も出てきましたが、
それについてはどうお考えですか?
土井:子どもは動くものがあれば喜ぶと思うし、良い作品が
デジタル絵本の中にも出てくれば、子どもは何度も何度も読んでくれと
やっぱり言うんじゃないかな。
福音館が昭和30年代に絵本をたくさん世の中に出したように、
今、新しいメディアが登場してきたのだと思う。
そう思えば面白い文化の創出だといえるわけだ。
佐々木正美さんの「子どもへのまなざし」(福音館書店刊)では
絵本のことなど何も書いてなくて、
書いてあるのは、3歳までに子どもと親はたくさんスキンシップを
とるべきだぞということ。
だから、昔ばなしにしろ絵本にしろ今度出てきたデジタル絵本にしろ、
親と子のスキンシップのツールになれば
どんなメディアであっても問題ないと思うんだよね。
—動くものに惹かれるという点で、
アニメに近いのではありませんか?
土井:動きで惹きつけるという手はあると思うが、
良い作品は何度も何度も読んでくれと言わせるもの。
だから、デジタル絵本が子どもにとって
ちゃんとエンターテイメントになるかどうかだと思う。
反対に動きというエフェクトでもって惹きつけようとばかりすると、
どこかで間違いをおかすのではと危惧する。
でも、いずれにしても、どんな形態であっても、
ワクワクドキドキすればいいと思うんだ。
トムズボックス入口の天井近くに飾られた看板。
キャラクターデザインは井上洋介さん。
—ところで、おとなになってから絵本にワクワクドキドキするのは
何故なんでしょうね?
土井:おとなになってからの絵本の見方としては、
作家で選ぶというのがある。
音楽と一緒。好きなアーティストや歌手の追っかけのようなもの。
次に何を出してくるかというワクワクドキドキ感だよね。
子どもはそんな見方はしない。
幼稚園児が「長新太が好き」なんて言ったら気持ち悪い。
それよりも「きゃべつくん大好き」って言ってくれた方がいい。
そういう意味で子どもとおとなの見方は違うのだが、
いずれも絵本に集約されるところが面白いと思うんだ。
—泣ける絵本についてはどう思われますか?
土井:日本人はちょっと泣けるもの、湿り気のあるものが
大好きだよね。
でも僕は長新太さん、井上洋介さん系統の
ちょっと乾いたナンセンスの方から絵本の世界に入ってきているから
お涙頂戴、浪花節だよおっかさん的な
湿り気のあるものにはちょっと抵抗がある。
子どもは残酷だし相当アナーキズムで発想も自由。
その乾いたところが大好きなので、
これまでその方向の絵本ばかり作ってきたわけ。
たしかに湿り気のある方が売れるし、わかりやすいし、
メッセージがちゃんとしている絵本だと思うけどね。
なんじゃこれ、という絵本は売れにくいんだ。
—「残酷で諧謔的で最後はハハハと乾いた笑いで終わる」
というお話でドリフターズのことを思い出したんですが、
あの結論のない笑いと、長さんたちの笑いはどこが違うんでしょうか?
土井:うわっ! それを聞かれるのは初めてだ。
今、性急に答えを出すのは控えたいところではあるが、
子どもを笑かしちゃおうという、子どもにおもねる感じ、
下品なまでに子どもの笑いをとるというドリフのそれとは
笑いの質が違うと思うんだよね。
長さんたちは子どもを笑わそうとか、ウケを狙っていない。
あくまでも自分が面白いと思うものを描いている。
子どもの気分になって、子どもの自分が喜びそうなものを
絵本というカタチに仕上げている。
それを喜ぶ子どもは10人いたらせいぜい2~3人だろうなと思う。
それで長さんは満足する。
もっと売れようと思うなら、
子どもにおもねるというと言い方は悪いんだけれども
子どものエンターテイメントに徹するというか
喜ばしちゃおうというサービス精神があると
10人のうち6~7人の子どもが喜んで絵本として商品になるんですよ。
新人が絵本を作ろうとしたら、そういうサービス精神がないと難しい。
それはけっして悪いことではない。
ふだん僕が編集の作業でやっているのはそういうことだし。
長さんや井上さんといった人たちは、絵本の創世期に出てきた人たちで
絵本の歴史に貢献し、それなりの実績のある人たちだから
子どもにおもねることをせずにいろいろな本を出せてこれた
ともいえるんじゃないかな。
こちらが月替わりのミニギャラリー。
展示されるのはもちろん土井さんの好きな作家さんたち。
店内にはその人たちが挿絵を描いている児童書もあります。
トムズボックスは、
「好きなものから広がった完全に趣味の世界」なんだそうです。
美大生には、好きなものをどんどん描けと言っている。
そうすると弾けるような作品が生まれる。
でもそれは商品としては売れない
—土井さんは美大生や絵本作家を目ざす人たちに
絵本について教えていらっしゃいますが
どういう作り方を教えていらっしゃるんですか?
土井:くれぐれも長さんや井上さんのまねをするな、と教えている。
イラストレーターなどは長さんを好きな人が多いんだけれど、
絵本を描くときはまねをしないほうがいいよと言ってる。
長さんだから出来た、許されたことなんだから。
まずはちゃんと、ストーリーがある、湿り気のある話にしなさいよと。
起承転結のある、子どもが喜びそうなストーリー絵本を考えなさいと。
—「子どもが喜びそうな」というところが難しいですよね。
結局、今の子どもたちってテレビの功罪かと思いますが、
すぐに結論を求めがちではありませんか?
土井:それは小学校に入って競争の世界に入ってからのこと。
小学校に入ってからおとなになるまで、
われわれはみんな、「答えをだしなさい」「実績をだしなさい」
ということを求められる。
答えを出せた人だけが認められて良い人生を送れるんだよ
ということを教えられて育つわけです。
ただ幼稚園児はまだ時代の中にいない。横のつながりがまだヘタで、
個の世界を生きている。
競争のしばりがなくて、それは僕らの子どもの頃から変わっていない。
だから40年も前の「ぐりとぐら」が今でも売れるわけです。
それが絵本の面白いところでありいいところであるんだけれども、
一度エンターテイメントとして支持された絵本は
世代を超えて売れていくんだね。
—絵本はロングセラーの世界だといわれる所以ですね?
土井:それがつらいところでもあるんだな。
たとえば福音館のロングセラーのちゃんとした絵本があれば
僕らがどんなに新しい良い絵本を作っても、
たちうちできない。
何か面白い新しい発想があれば、突破口になるようにも思うけど。
松居直さんが作られていた創世期の絵本は
前例のないところに新しいものを生み出していったわけだから、
それはそれは凄いパワーがあって
そのパワーに勝てるような絵本はなかなか作れない。
—でも、最近は美大生など絵本作家になりたいという人が
とても増えていますし、ボローニャでも日本人の入選作家が
増えていて、絵本の裾野が広がっている気がしますが?
土井:なんてったって絵本の魅力は自分の絵で1冊全部埋められること。
それでうまくいけば売れて印税が入ってくるなんて、
絵を描く人にとって相当魅力的なメディアだからね。
だから若い美大生やイラストレーターが絵本をやりたいというのは
非常に嬉しいのだが、
どちらかというと自分の表現の場として使っていることが多くて
子どものエンターテイメントだということを忘れてしまっている場合が
非常に多い。
それはそれで美大生やイラストレーターとしては
実に健康的な発想だと思うけれど、
それが即、商品としての絵本になるかというと話は別。
—ところで最近、カワイイ系というかファンシーなものが
とても目につくようになってきました。
雑貨屋さんが好んで置きそうな感じというか。
そういった絵本についてはどう思われますか?
土井:それって、実は小学校2~3年生向きなんだよね。
僕はもうちょっと下におりてこい、
幼稚園児向きになるまでおりてこい、と言ってきたんだけれども
学生はなかなかおりて来れない。
さらに今の若い人はマンガのデフォルメや表現を
たくさん絵本に使う。
吹き出しを使ったり、人がたくさんいて忙しそうにしていたり、
人の顔のアングルをいろいろ変えてしまったり。
でも幼稚園児はやっとお話が理解できて
キャラクターがわかるぐらいなんだから
本来マンガ的なものはいっさいいらないんだよね。
—そういえば、ミッフィーは顔のアングルが変わりませんものね。
土井:とうとう僕は最近、美大生向けの講義では
商品として売れる絵本を描かせることはあきらめちゃって、
今は自分が好きなものを描けと言うようになった。
締め付けちゃうと作品がぜんぜん面白くなくなっちゃったから。
開放して弾けさせてあげると面白いものが出来る。
子どもの本とは何ぞや、ということはもういいから、
好きなように表現しろと教えるようになったんだ。
実は作家でちゃんとやっている人というのは
30すぎてからやり始めた人の方が長生きできてる。
商品として売れる絵本作りとは、
好きなものを表現するということとは別の
おとなの配慮が要るということなんだな。
—ところで海外の作品には、絵を描く人と文章を書く人が
別のケースが多いようですが、それについてはどうですか?
土井:これは相当難しい問題。
文を書く人が絵本のことをちゃんと理解しているかに
かかっている。
絵本というのは、単に短い文を書けばいいと
いうことではないからね。
なおかつ絵本向きのお話、展開の面白さがないといけない。
だから、本当なら絵を描く人が文も書く方がしっくりくる。
ところが絵を描く人は文を書くのが苦手なんだな。
だから非常に難しいんだ。自分が教えているのは
絵から入ってくる人が多いのも、そういうことなんだろうなと思う。
—それでは、はじめに文章ありきの絵本、
昔ばなしとかおとぎばなしなどの絵本については
どう思われますか?
土井:昔ばなしの場合、言葉の魅力はすごいものがある。
たとえば「かっぱ」。
昔ばなしだと、子どもはいろいろなかっぱを思い浮かべることができる。
ところが絵本にしてしまうと、その絵のイメージが定着してしまうので
子どもはそれ以上に想像できなくなってしまう。
だから僕としては昔ばなしはあまり絵本にしたくないというところがある。
土井さんによれば、トムズボックスは
好きな作家がいて、好きなこと=本を作って遊ぼうぜ
ということから始まったお店。
だから絵本屋といいながら「絵本好きな大人の絵本屋」
ということだそうです。
趣味的なオリジナルな絵本も作っています。
(上の写真)手前には島田ゆかさんの『パムとケロ』の
最新刊が置いてありました。
シリーズ初期の作品は土井さんが
編集を手がけたそうです。
絵本屋さんの視点、絵本の編集者の視点、絵の先生の視点・・・。
ひと言で「絵本」といっても
それぞれに熱い思い、深い考えがあることをうかがえて
新たな発見の連続でした。
土井さん、ありがとうございました。
次回は、土井さんにうかがった「おすすめの絵本」について
ご紹介いたします。
どうぞお楽しみに! (ミヤタ)