高度情報社会の時代、網の目のように張り巡らされた情報の渦。
しかし、生活者はついにその網から解き放たれ、
いまだかつてない新たな自由を手に入れ、ついに自己を探求する旅に出かけた。
それは、もはや生き方と働き方が重なる日の到来を意味している。
■生き方と働き方が重なるワークスタイル
高度情報社会の到来は、新たなワークスタイルを確立した。日本の変遷を振り返れば、物がない戦後の没落期から、アメリカの暮らしに憧れて、物に囲まれた豊かな暮らしを夢見て経済成長を遂げてきた日本。それが最高潮に達した高度成長期になると、終身雇用制度を代表に安定した生活こそが、幸福の象徴であるとされ、日本型社会主義とも揶揄されるほど安寧の中に身を置いていた。その結果、われわれは物による豊かさを手にするというすばらしい恩恵を受けることができた。しかし、その産業モデルが崩壊するバブル期以降、混沌とした20年を目の当たりにし、人々は日本独自のライフスタイルを渇望するようになった。その中、高度情報社会の到来は、世界中にまでICT網を整えた。その結果、生活者が情報に触れる機会も飛躍的に増し、生活者の価値観が多様化し、物ではない心の豊かさが心的共通資本となっている。そして多様化した価値観が集約されていくことで、生き方と働き方を重ね合わせた新しいライフスタイルが誕生した。それは、仕事とプライベートを区分けさせて考えているのではなく、プライベートの延長線上に仕事を欲するようになったのだ。その現象の根底にある捉え方には、生涯時間という着眼が垣間見える。自由自在な働き方を覚えた生活者が、選んだ新たな仕事としてソーシャルワーカーという働き方が、登場した。今の若者の世代間で広がっていることからも明らかなことだといえる。この生活者自身の価値軸が大きく変化したパラダイムシフトのメカニズムを少しずつ紐解いていく。
■2020というターニングポイント
2020年夏季オリンピックが東京に決定したニュースは世界中を駆け巡った。それ以降、訪日外国人の数は、飛躍的な伸びを見せ、2014年は10月時点で前年同期比27%増の約1101万人を達成した。2013年は1年間かけ、1000万人を超えていたのに対して、現在の円安や東南アジア諸国からのビザ発給要件の緩和という諸条件があったとしても、すさまじい伸びだといえる。このニュースが話題となり、外国人が日本を訪れるには、十分すぎるほどのきっかけとなった。さらに観光客がF a c e b o o k やT w i t t e rなどで感動した体験が投稿されることで、インターネット上にある情報はますます拡散していく。幸運にも2020というターニングポイントを手にした日本は、世界の注目を一斉に集めることに成功した。1964年当時のオリンピックとの大きな違いは、情報の双方向化にある。奇しくも、当時は日本の海外渡航自由化元年で、世界から招き入れるというよりも、むしろ日本人による海外への渡航件数が飛躍的に伸びた。これは、まさしく情報が一方通行だったため、生活者は受信者として、絶え間なく降り注ぐバーチャルな情報を浴び続けていた。しかし、情報が相互に行き交う現在、同じオリンピックであっても、生活者自身の価値志向は大きく転換した。それは、これまでとはまるで立ち位置が違ってくる。生活者同士の共感の扉が解き放たれたのだ。バーチャルの世界において、受動的な情報通行から能動的な情報交差へと転換したことで、リアルの世界は、ますます活性化していくことだろう。
■実体験を求める旅人たち
2014年は、モノのインターネット化「Iot」が進行し、暮らしの中における情報端末が生活の隅々にまで広がった。その領域は日本のみならず、世界規模の潮流として表れている。物の豊かさを追求していた時代と今の時代とでは全く違う価値観が加速度的に登場し、併せて生活者が情報発信に関して抵抗感を持たないという属性を持った新たな人種が生まれた。この現代人の特徴は、多様化した社会におけるあらゆる課題をクリアできる武器とも言える。技術革新によって暮らしが快適になる一方で、生活者は情報に対するリテラシーも格段に高まり、多くの情報に接することで、これまでにない進化を見せている。情報の受発信が自由にできるようになり、双方向の通信が可能になった時代。生活者は、これまで他者に向けて情報発信してきた中、実はクラウド上に存在するあらゆる情報はパソコン画面を介して映し出される自己投影の姿だったことに気付き始めた。そして自己を客観的に見つめ直していくことで、より自己の生き方が理想のライフスタイルにまで近づいていく。つまり、インターネット上の画面を見つめることは、自己実現への欲求をさらなる高みへと引き上げていくモチベーションとなっているのだ。そして膨大な集合知に触れ、人は疑似体験を経験する。その感動体験を自分自身も実体験したいという願望となって呼び起こされる連鎖が巻き起こる。もはや生活者は未知との遭遇を求める旅人ではなく、実体験を求める旅人となったのである。このクラウドを自在に操る個人が登場した社会を成熟社会と呼びたい。
■没個性といわれる狭間で
成熟社会は、固定社会から流動社会への転換を意味している。この現実に生活者が気づいたとき、世界で個性が動き出す。情報リテラシーという言葉がなれを潜めるほどまでに情報スキルが高まった生活者にとって次なるステップは、ジェネラリストからスペシャリストへの転換だといえるだろう。これまでの固定社会では、オーガニゼーション(組織)・マンが求められ、オールマイティな人材が重宝されてきた。しかし、流動社会となった今は、一人ひとりに自立が求められる社会である。個のスキルによって社会とかかわろうとする価値の登場は、アスリートの世界にあるフリーエージェントという考え方にも似ている。その変遷はオリンピックに限らず、4 年に一度のF I F Aワールドカップ、毎年開催されるテニスのグランドスラムやゴルフ4 大メジャー大会など様々なところで、テーマスポーツによる影響は否めない。また、文化面においてもノーベル賞をはじめ、アートフェスタと呼ばれる類のものも発表の場として、これまで以上に世界の注目を集めていくことだろう。2020年東京オリンピックをベースに構築される社会は、生活者にもアスリートとしての生き方が求められてくることを意味している。つまり、組織に属さないでいる流動社会は、膨大な個性の中に埋没する以上に、自己投影という自己分析を繰り返していく合わせ鏡の効果によって個性は必然的に自己成長を続けていくことになる。それはすなわち、圧倒的に強烈な個性へと磨き挙げられていくことを意味しているのである。
■生涯時間の活用「使用」という価値志向
社会がこれほどまでに変革した中、当然、働き方も変わっていく。それが顕在化した姿が、ソーシャルワーカーの登場に見られる。社会貢献を達成していきたいという欲望は従来の仕事の捉え方では考えられないものだった。それが今、仕事の楽しみを引き出し、成長する生業という着眼が色濃くなってきているのである。こうした転換期を迎えた今、これからどのような働き方が生まれてくるのだろうか。フリーエージェントという新しい働き方の特徴は、社会貢献型という価値志向にむいている。このような新たな働き方が出現してきている中、果たして3 0 年後、あなたの仕事が残っているだろうか。働き方の変革は当然、生活者の求めてくるニーズも変わってくることを意味している。その働き方の根源には、時間を軸足にした捉え方が垣間見える。仕事も遊びも同じく、時間を浪費するものである。すると、仕事という概念と遊びの概念とが直結していても不思議ではない。これが新たなワークスタイルのトレンドとなることは自明の理である。もはやお金のために働くというものではなく、自分の興味、関心のあることを仕事にしていきたいという考え方が今後の主流となっていくことだろう。それは生涯を賭して挑戦できる「ライフワーク」を求めている姿にも見える。生活者の価値軸が量から質、所有から使用へと転換している中、いまや時間においても所有から使用という概念が浸透してきている。つまり、人は自己実現という欲求を満たすために仕事をしているのである。
■踊りだす、個性をまとう生活者たち
そこで唯一、確かなことは、もはや生活者は、仕事を労働という感覚で捉えようとはしていない。すなわち、仕事が労働ではなくなった日、生涯時間を掛けて、得意なテーマに没頭していく働き方が誕生したのである。成熟社会がもたらした変革とは、誰もがフリーエージェントとなり、プロフェッショナルになるという日が到来したのである。それは、小口回数の反復によって生涯時間をどれほど費やしたかが重要となってくる。時間を掛ければ掛けるほど、新しいライフスタイルがいたるところで芽生えてくる。常に同じ趣向を持つ者同士との出会いが繰り返される中、専門性の高い者同士が互いに磨き上げられ、テーマにさらなる深化を生み出していく。当然、クラウド上で繰り返されている合わせ鏡以上のモチベーションが得られる相乗効果が期待できる。その上で、バックボーンとして存在する高度な集合知は、個人の突き抜ける個性の土台となり、世界に突出していく礎となることだろう。自分一人では成し遂げられなかったことであっても、テーマ毎に切磋琢磨する仲間の存在によって、世界に突出していけるのだ。このテーマ毎に集約された知のエネルギーは世界を変えていくだろう。落穂ひろいのように拾い上げられてきた個々の価値や思考は、突き抜けた独自性という一本の槍となって、輝く栄光の証しとなるであろう。高らかに掲げられた槍を手にして生活者は踊りだす。あなたの目の前に硬く閉ざされた門の先には、きっと無限の大地が広がっているはずだ。