研究会ブログ

2016年07月 8日 Fri. Jul. 08. 2016

田中康夫氏著 『たまらなく、アーベイン』

参院選に出馬されている田中康夫氏に講師としてご登壇いただきます第84回文化経済研究会が来週7月14日に迫って参りました。

本エントリーでは田中氏の著書『たまらなくアーベイン』(2015年刊)をご紹介します。

 

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■アーベインな若者たちのBGM

本書は田中氏が「AOR=Adult Oriented Rock」系の3000枚近いアルバムの中からこれぞという名盤をエッセイと共に届けるという独特の形体を取っています。

AORとは、70年代後半から80年代前半に日本に流入してきた洋ロックです。

有名どころはTOTOやノラ・ジョーンズなどですが、あまりにもその範囲が広いために一概に「この音がAORだ!」というような確固としたスタイルはありません。

しかし田中氏はそこに

「自分や彼女の部屋で、あるいはドライヴしている車の中で、二人の会話の雰囲気を高める触媒としての役割を担ってくれた」

という非常に分かりやすい定義を与えています。

音楽を演奏する側ではなく、リスナー側の方から定義をする。

提供者ではなく生活者視点に基づいた田中氏らしい定義です。

 

■時代を経て残った音楽

80年代前後の「アーベイン=都会的」な若者がアバンチュールのBGMとして選んでいた音楽。それがAOR。

「これから先、二年後、五年後に聴いても、ちっとも古さを感じさせないであろう百枚を選び出した、アルバム紹介の本です」

と前書きにはあります。

本書が最初に出版されたのは1984年であり、2015年に満を持して復刊されました。

さて、84年当初は「二年後、五年後に聴いても」古さを感じさせないアルバムを紹介している本書でしたが、2010年代も既に折り返しを迎えた今それらのアルバムを聴けばそこはかとなく「80年代」の香りがします。

例えば、最初に紹介されているアレッシーの「long time friends」のイントロのピアノ。

当時のレコーディング技術の限界であるこの細い音色がなんとも80年代の印象を強めています。もちろん、音質が現在に比べて良くないということは音楽の本質にはなんら影響がなく、むしろ時代の淘汰を経ても生き残っている名曲ということを証明しています。

 

■30年前の丸の内

面白いのは、一応100枚のCDアルバムを紹介するという体になっている本書ですが音楽そのものに関する言及はそこまで多くなく、当時の「あるある」がその心情までも含めてかなり生々しく描かれているというところ。

例えば、ロバート・パーマーを紹介する章では彼の楽曲への言及は後半にならないと出てきません。

では何の話をするのかと言えば、ファッションセンスが磨かれないままOLになり、制服があるものだからセンスは相変わらずの女性たちが闊歩する丸の内が描かれます。

「マミーナで四千八百円の茶系統のブラウスを、制服に着替えた後も、そのまま、着ているから、こうなっちゃうんですよね。制服を作るなら、経費をケチらないで、ブラウスもきちんと支給するようにして欲しいと思いません?」

今や制服がある企業自体がなかなか珍しいものとなりつつありますが、「丸の内OL」というある種当時の時代を象徴するようなキャラクター達の生活感が非常によく伝わってきます。

当時流行していた緑のスカートに赤のブラウスを「平気で組み合わせちゃう」ニュー・トラに慣れた女性たちは「ブルーのベストとスカートに、茶系統のブラウスを平気で合わせる」のだとか。

ではそんなOL達のランチタイムに馴染めない人はどうすればいいのか。

「こういう人は、思い切って、ロバート・パーマーの『Double Fun」をお昼休みに聴きながら、一人でお食事しましょう」

とここでいきなりCDの紹介に。


確かにロバート・パーマーの少し物憂げな歌い方は誰ともお話せずに一人でお弁当を食べるランチタイムには合っているのかも、と納得させる田中氏の文章力は流石。

まだ日本に携帯電話もパソコンもほとんど無かった時代のオフィス街。

そこでごった返す人々の悲喜こもごもが浮かんでくるようです。

当時のライフスタイルを様々な角度から音楽を添えて伝えてくれる一冊です。

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