こんにちは。SAMのライター、遠藤です。
まだ残暑厳しかった9月某日、私はSAMメンバーの久保と、
東京メトロ副都心線に乗って、練馬方面へ。
元編集者であり文筆家の、星 瑠璃子さんに会いに行きました。
少し遅くなってしまいましたが、
その模様をご報告したいと思います。
「小さな美術館への旅」著者、星 瑠璃子さんにお会いして。
数日前、弊社社長に手渡された一冊の本。それが「小さな美術館への旅」でした。「Small Art Museum」と名乗って活動している私たちSAMにとって「小さな美術館」には興味を持たずにはいられません。そして、そこへ「旅」するなどと言われては、好奇心は高まるばかりです。
昨年より活動を始めて以来、「Small」、そこに新しい価値を見つけていきたいと、いつも考えてきた私たち。既に同じところを研究し尽くしている先達のお考えを聞きたいとは常に思っていたこと。その第一弾となったのがこの本の著者、星さんです。私たちの勝手なお願いを快くお受けいただき、「少しですが私の持っている美術品もご覧ください」、とご自宅へお招きくださいました。
待ち合わせ場所に、ピカピカの新車で颯爽と現れた星さん。お約束時の電話での声で想像していたとおり、上品で凛とした空気を纏っていらっしゃいます。ご自宅にてゴディバの濃厚なチョコレートアイスクリームを御馳走になりながら、お話は始まりました。
「小さな美術館への旅」は、誰もが知る芸術家の記念館から、ひっそりと人知れず存在するギャラリーまで大小さまざまなアートスペースを、星さんが全国津々浦々自らの足で巡り感想をつづっているという内容。掲載されているその数は74。所在地や電話番号、休館日まで記載されている、日本の美術館ガイドとも言えるものです。
遠藤(以下E):なぜ、全国の美術館を巡ろうと思われたのですか。
星さん(以下H):とくに大きな理由というのはないんですよ。私の母は洋画家のひとり娘として生まれたんですが、画家に嫁ぎ、自らも絵描きとなった。そんな母と日本中の美術館をひとつひとつ訪ね歩いてみようと、ふと思いついて始まったことなんです。旅をしながら見てきた、そういう些細なことなんですよ。
E: そうなんですね。70館以上も巡るのに、どれくらいかかったのですか。
H: さぁ、どれくらいだったかしら。合せて6年ほどかしらね。
E: ふとしたことから6年も続けるというのはなかなか出来ることではないですね。
H:まぁ、スケッチ旅行も兼ねて楽しんでやっていたことですのでね。
E: 情報はどのようにして集めたのですか?
H:1枚につき一館、という風に情報をカードにしてまとめて整理して、そこへさらに情報を集めて・・・、というように始めました。最初は情報の山に埋もれながらのスタートでした。そのカードはもう何枚だったか忘れたけれど、相当な枚数になりましたよ。
E: それらの感想を本にして世に出そうと思われた理由は?
H:私も編集者という仕事してきましたから、知っている情報は発信していきたいと思ってしまうのかしらね。はじめはインターネット新聞に連載していたのですが、それを読まれた編集者が本にしたいと言ってくださって出版することになったんです。
全国の小さな美術館の情報がたくさん載っているこういうものなんて、この本を出した当初はなかったから、皆さんから嬉しい反応をいただけましたね。いまでもこの本で美術館を調べて訪ねる、ということをしてくだっている人も多いんですって。
E: 確かに。遠い地域の美術館も載っていますが、ふらっと行けそうな近所の美術館の情報もありますし、自分の街にも実は美術館があったことを知ったら行きたくなりますよね。私たちの事務所は渋谷の南平台なのですが、歩いて行ける距離(松涛)に、目が不自由な人のための美術館「ギャラリーTOM」があるとこの本で知りました。日本ではじめての「手で見る美術館」だと読んで、ますます興味がわいて・・・。この発見も「小さな」ものだけれど、とても豊かなことですよね。
この美術館についての記述はこうです。
『ミロのヴィーナスにはじめて触った。
(中略)目をつぶって、ひんやりと冷たい大理石の肌を両掌でゆっくりとなで下ろしていく。ロダンの「考える人」も同じようにたどってみた。ああ、こんな作品だったのか。触れてみて、はじめて「見た」と思った。
(中略)触れるとは見ること。見るとは考えること、愛すること、生きることだ。』
こういった星さん独自の捉え方は、単なるガイドにはない、興味を駆り立てられる大きな要素です。
E:星さん、「小さな美術館」を楽しむコツってありますか?
H:どうかしら、とりたててコツなんてないんじゃないかしら。人それぞれ好きなように鑑賞すればいいのよね。
E: 星さん自身はどのような楽しみ方をしているのですか?
H:作品の背景を知ると、作品そのものにもより興味がわくわね。その作家の生き方や死に方、どの作家にもその人にしかない感動的な人生があって、それを知るだけでも作品を見るポイントが変わってくる。「一体どうやってこの線、描いたの」って思う。
E: 確かに、ひとつ作品を描くのにもドラマがあるでしょうね。それを想像すると楽しいですよね。
H:ええ。そうやって懸命に生きた芸術家の火を絶やさないように、美術館が存在しているんじゃないかしら。
E: よく、「芸術って分からない」って言ってしまう人たちもいますが、そんな人たちがもっと気軽にアートを楽しめるように、星さんからメッセージなどありますか?
H:理屈で理解しようとするのじゃなく、ただ「好き」でいいと思うのね。「好き」なら「分かった」っていうことなのよ。私はそう思うわ。「分かる」ことより「感じる」こと。まずはそこからスタートすることをおすすめするわ。
E: なるほど、確かに芸術ってもっとパーソナルな感覚で感じるものですよね。正しい答えがあるものではないし、自分の「好き」が基準でいいんですよね。
ところで、この本には規模の大きな美術館も載っていますが、どうして「小さな」とタイトルにつけたのですか?
H:そう、おっしゃる通りなの(笑)。小さくないのも載っているわよね。その「小さな」は「美術館」にもかかっているし、「旅」にもかかっているというわけなのよ。
「小さな」って、なぜだか人を惹きつける。小さな感覚を楽しむって素敵なことよね。
(H:星氏 E:遠藤 2010年9月1日 星氏の自宅にて)
SAMより
まさに、何気ない些細な感覚に耳を澄ますことは、
私たちSAMのコンセプトである、
生活の中でアートを感じる感覚と通ずるのではないでしょうか。
「小さな」を愛でるということは、
特別ではない毎日を豊かに生きること。
それを、慎ましやかに小さな芸術品に囲まれて暮らす
星さんの姿を見て感じさせられました。
「小さな美術館への旅」(二弦社)、
皆さんもぜひ読んでみてください。
そして皆さんそれぞれの「小さな」を
暮らしの中に感じてみてください。
(endo)
星さんのお祖父様は洋画家高木誠一郎・背水、
お父様もまた画家でした。
小さい頃はお父様の大きなアトリエよりも、
お祖父様の小さなアトリエに隠れてよく遊んだという星さんは
幼い頃から美術品が当たり前にある場所で過ごされてきました。
星さんのご自宅にも絵画や陶芸作品などが、静かに飾られ、
飾っていない絵は棚に幾重にもなって大切にしまわれています。
お住まいそのものが「小さな美術館」のようでした。
星さんをモデルに深沢紅子画伯が描いた「大きなベレー」。
お祖父様の作品はほとんど美術館に所蔵されてしまい、
お手元には印刷したものしかないそうですが、
大切に保管され、季節や気分によっては
壁に掛け替えて飾っているそうです。
星瑠璃子(ほし るりこ)さんプロフィール
東京生まれ。
1958年、日本女子大学文学部国文学科卒業後、河出書房新社に入社。
のちに学習研究社に転じ、女性文芸誌「フェミナ」の創刊編集長。
1993年独立し、ワークショップR&Rを主宰して執筆活動を始める。
著書に『桜楓の百人ー日本女子大物語』(1996.舵社)など。