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谷口正和 プロフィール

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2010年1月29日

面白がる企業。

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アサヒビールは面白い企業である。

スーパードライで復活以来、面白いアクションを連発している。

面白がる能力を持っている企業、

たとえばサントリー、ホンダ、最近やや面白がりを取り戻してきたソニーなど見れば、

面白がる能力がいかに企業を活性するかが分かる。

 

アサヒビールが主催しているSUMIDAGAWA ART PROJECTから

小冊子が送られてきた。

題して、wah「すみだ川のおもしろい」展である。

新たなアート行為で隅田川の再生を目指すアクションのようだが、

ばかばかしいほど面白い。

面白くて新しい価値は「冗談から駒」、一所懸命面白がるところから出発する。

まじめなだけで乗り切れる時代ではない。

 

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写真はお風呂に入れる舟、『湯舟』。

2010年1月28日

環境と美意識。

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私たちは常時、環境というものの中で生きている。

環境が私たちに与える力のすごさは、想像以上のものだろう。

特に「日常」という環境は、それを特に意識することがないゆえに、

潜在意識として私たちの心理の奥底を形成していよう。

フロイトではないが、人の心理は100%近く無意識が占めているのである。

 

インテリアは、まさに日常環境そのものである。

その人を取り巻く美意識としての環境、インテリアは、

心理と美学の時代に、さらに大きな存在となってくる。

町田ひろ子さんから、すばらしいインテリアの本

『Interior de Diet』をお送りいただいた。

町田さんは弊社が主宰する文化経済研究会でもご講演いただき、

いくつもの貴重なヒントをいただいた。

設計事務所、学校も経営されている優れた社会的人材の一人である。

娘さんとの共著であるらしく、視覚的に美の環境を学ぶ本である。

感性の学習はこれからますます重要になる。

 

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2010年1月26日

知の巨人。

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人はその社会的評価が確定するまで、没後最低50年はかかるという。

その意味で福田恆存(1912年 - 1994年)は、

まだ没後50年を経ていないから、その評価は未確定の部類に入るだろう。

しかし、福田恆存は「知の巨人」と呼ぶにふさわしい人であると私は思う。

保守派の論客として書いた膨大な論文、作家や作品への文芸批評、

そしていくつものシェークスピアの戯曲の翻訳。

演出家としても才能を遺憾なく発揮した。

 

「知の巨人」と呼べるにふさわしい人はそういない。

情報の時代は、才能を過大演出して伝えてくることがあるが、

福田恆存は本物である。

この『福田恆存評論集』は全13巻シリーズの中の第8巻であるようで、

元TBSブリタニカの編集者だった西脇礼門氏が

麗澤大学出版会に移られて編集・刊行しているようである。

いい仕事をなさっている。

文化こそ、もっとも大事にしなければいけない知の集積だ。

 

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2010年1月18日

編集好機。

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インターライフの機関誌『Zerohour』の

元編集担当の吹田良平氏(株式会社アーキネティクス)

より一冊の本が送られてきた。

インターライフは商業施設の企画設計を

行っていた会社である。

松浦英二氏率いる同社は、

私の会社とはいとこ同士のような関係にあり、

共にがんばってきた仲である。


同社が2002年から発行してきた機関誌『Zerohour』の

編集後記を『編集好機』と名付けて一冊の小冊子にまとめたものである。

どのページも、いかにも企画設計会社らしいウィットとセンスに富んでおり、

同社とアーキネティクスのレベルの高さを感じる。

2010年1月13日

角川俳句賞。

 

当社のコピーライターである相子智恵さんが、

名誉ある賞をいただいた。

第55回角川俳句賞である。

朝日新聞1月7日の夕刊に報道されていたのでご紹介する。

横に長い紙面だったので2段に分けてごらんいただく。

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ご存じの通り、角川俳句賞は新人の登竜門であり、

創設は昭和30年、俳壇の芥川賞ともいうべき権威ある存在だ。

応募総数は732篇であったという。

まず応募しようというその心構えが素晴らしい。

優れた人は必ず何かのきっかけでデビューするのであり、

そのデビュー感こそ重要だろう。

 

受賞作は「萵苣」(ちしゃ)と言い、

以下にご紹介するみごとな俳句によって編まれている。


日盛や梯子貼りつくガスタンク

砂払ふ浮輪の中の鈴の音

いちまいの漣びかり萵苣はがす


受賞作以外にも、思わずその視点にハッとする秀句がある。


阿修羅三面互ひ見えずよ寒の内

座布団持ち車掌交代秋の山

にはとりのまぶた下よりとぢて冬

一滴の我一瀑を落ちにけり

 

選者の評に

「細かいところ、詠み尽くされたところを詠んでいるが抜きん出たうまさがある」

「季語の斡旋がうまい」とあるが、

そのとおり、すでに俳句の本質をつかんでいる感がある。

 

俳句は日本人の感性が産んだ芸術であるが、

その長い歴史の中ですでに何百万句が詠まれているはずだが、

ひとつとして同じ視点であるものがないのに感嘆する。

視点の微差によって、まったく新しい世界が現れるのである。

相子さんは新たにその視点開発者に加わった。

おめでとう、相子さん。

2010年1月 5日

初詣。

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初詣に明治神宮へ行ってきた。

すごい人で、例年の2割増だという。

これも不景気による神頼みだと報道するメディアも多い。

しかし、この根底には、もっと深い変化が現れていると私は思う。

それは物の文化から、精神の文化への大転換だ。

 

ネクシンクの年頭号は、「逆さ富士」というキーワードでまとめた。

20世紀型のすべての価値観が、

まるで湖面に映っている逆さ富士のように、

そのパラダイムが逆転するという意味だ。

 

日本の神道の特色は、ご存じの通り、八百万の神にある。

すべての自然に神が宿るという考え方は、

言ってみれば何もないものを信じることだと言っていい。

全てはイコール無だとも言えるからだ。

足元を見れば日本人、さらに視座を上げればアジア人、地球人、宇宙人

とその見方は無限へと拡大していく。そんなことも感じた。

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おみくじを引いてみた。明治天皇の御製で、

「さまざまのうきふしをへて呉竹のよにすぐれたる人とこそなれ」であった。

何か心に感じるものがあった。和歌というものの力だろう。

 


新年明けましておめでとうございます。

時代の流れに感謝し、時代の流れから教わりつつ、

今年もお互いに学んでいきましょう。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

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